『“絶対ここに行くんだ!”と思ってやり続けられたのは、本当に良かったと思います』

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【教師】佐々木 大輔 ※現在、鷗州塾己斐校・WIN己斐本町校で、小中学部の文系科目を担当。髙橋さんが中3時に、呉校で文系科目を指導。
【生徒】 髙橋 江奈さん

髙橋さんの通塾履歴】

  •  小5・小6:鷗州塾呉校に通塾。
  •  中1~中3:鷗州塾呉校・広島駅前校に通塾。
  •  呉青山高校に合格!⇒進学。
  •  高1~高3:鷗州ハイスクール呉校・広島駅前本校に通塾。
  •  広島大学教育学部に現役合格!⇒進学せずに一浪。
  •  広島大学医学部医学科に見事合格!⇒進学。現在3年生。

先生:今日は忙しい中、わざわざ校舎まで来てくれてありがとう。

髙橋:いえいえ。私から話をしに行きたいと言ったんですよ。こちらこそ、ありがとうございます。私は今、解剖もばっちり終わって、春休みに入ったんですよ。

先生:解剖ですか(汗)。医学生の道を着実に歩んでいるんだね。今日は、後輩たちにいろいろと髙橋さんの経験などを聞かせてあげてほしいんだけど、中学・高校を振り返って、一番印象深かったことは何だろう?

髙橋:高校入試ですね。「中3の時の勉強量は半端なかったね」と、今でも母とよく話すくらいです(笑顔)。だから、高校に入ってからも「あれだけ勉強したんじゃけ、今もできる」っていう勢いで勉強していました。

先生:実際、どれぐらい勉強していたの?

髙橋:先生も知っての通り、基本的に塾でしか勉強していませんでした。先生の見ている前とか(笑)。学校が終わったらすぐ塾に行って自習室にこもっていました。それと、朝早くに中学校へ行って、友達に勉強を教えていました。

先生:そうか、そのころから教えることが好きだったんだね。呉青山高校を卒業してからも、学校に行って後輩の面倒をよく見ていたよね。

髙橋:はい。だから、いざ大学はどこに進もうってなった時に、広島大学の教育学部を選んだんです。でも何か違っていて…。それで一浪して、医学部を受験し直しました。

先生:もともと志望していたのは、医学部だったんだよね。どうして医学部に行きたいと考えるようになったの?

髙橋:医学部に行きたいと思うようになったのは、高校に入ってからなんです。中学校の時は薬剤師になりたかったんですよ。弟の主治医だった先生が女医さんで、その先生がカッコ良かったんです。でも、高1の時に学校の先生から「医学部は難しい」と言われて、一度は挫折しそうになりましたが、モチベーションを上げるためによく弟の病院に行きました。そうしたら高2の時の模試で、Eだった判定がCになって、このまま勉強していけば行けるんじゃないかって思うようになりました。

先生:それでもセンター試験の結果で、医学部が難しいってことになって、受験する学部を教育学部に変更したんだよね。苦渋の決断だったのかな。

髙橋:とにかく医学部じゃないと嫌だと思っていたので、ダメもとで医学部医学科を受けるか、ギリギリ合格しそうな大学を受けるか、絶対合格するという確信の持てる大学を受けるか、すごく迷いました。でも、浪人するならどこかに合格してから浪人したいと考えて、広大の教育学部を受験しました。

先生:そうなんだね。正直、広大の教育学部に合格したけど進学しないって聞いた時は、びっくりしたもんね。それで1年間浪人生活をしたわけだけど、どうだった?

髙橋:もう大変でしたよ、浪人は…。特に人間関係が面倒くさかったです。最初、勉強はすこぶる順調でした。上から2つ目のクラスにいて、夏から1番上のクラスに移ったんです。でも、そっちのクラスに馴染めなくて、人間関係でいろいろこじれてしまいました。それでも勉強し続けて、何となく合格が見えたかなぁというところまで来たんですが、またセンター試験で失敗してしまって…。どうしようか、悩みましたが、結局広島大学医学部の「ふるさと枠」で合格することができました。今だから言えますけど、ダメだったら、二浪していたと思います。
※「ふるさと枠」…全国的に医師不足の問題が指摘される中、広島県でも中山間地域や一部の診療科などで医療体制の確保が急務となっていることを受けて、将来の広島県の医療を担う人材を育てることを目的に、平成21年度から導入された入試制度。在学中は奨学金が支給される代わりに、卒業後は一定期間広島県内の医師不足の地域や診療科で働くことが義務づけられている。

先生:その合格の報告、今でも覚えているよ。受験番号は「7」だったよね。先生もうれしかったなぁ。

髙橋:私も、すごくうれしくて、ヤバかったです(笑顔)。

先生:その後、大学生活は充実してる?大学生になってみて、どうですか?高校で抱いていた印象と、実際に大学に行ってみての印象は違うのかな。

髙橋:思っていた以上に勉強していますね。大学生になって、ここまで勉強しないといけないとは(笑)。話には聞いていたけれど、この厳しさに耐えられるのなら、高校の時にもっと勉強できたんじゃないのかって感じです。覚えなければならない量が半端ないんです。(厚さ2cmくらいのプリントの束を取り出して)1教科でこれくらい覚えないといけないんです。とにかく覚える量が多いです。

先生:それはすごいね。やっぱり、高校の時よりも今のほうが勉強しているんだね。それで、何を専門にするとかは、いつ決めるのかな。

髙橋:それは卒業してからです。ウイルスや免疫・放射線・人体構造といった基礎医学は大学2年までに学習し終わります。そして大学3年から内科の勉強が始まります。

先生:このままいくと、医師国家試験はいつ受けることになるの?

髙橋:大学6年で卒業する時です。それまでに、大学4年時のOSCE(客観的臨床能力試験)やCBT(臨床実習前に全国の医学生が受ける共用テスト)などのテストにクリアして、ポリクリ(医学部高学年における臨床実習)に出ます。OSCEは、簡単な外科試技や診察などの模擬をして、点数をつけられます。CBTはパソコンでテストを受けます。そして大学6年の最後に受けるのが、医師国家試験なんです。

先生:いろいろ大変なんだね。でも人の命を預かる仕事だから、頑張ってね。それで、将来はどんな医師になりたいのかな?

髙橋:まだはっきりとした理想の医師像があるわけではないんですが、地域の医療に貢献できる医師になれればいいなと思います。吉和(よしわ)とか甲奴(こうぬ)とか、地域の診療所に見学に行く機会があり、すごいなぁと思いました。良い先生が多く、いいなと思いますが、そういうところは自治医科大学からいくことが多いみたいです。私たちは、地域の中核病院に配属されるんじゃないかと思います。でもまだ先のことなので、今はどこでも一緒じゃないかなって思っています。

先生:じゃあ今は、大学4年で受けるOSCEとCBTを無事クリアして、大学5年から臨床実習に出られるようにならないといけないね(笑顔)。どうなるか分からないけれど、髙橋さんには活躍してほしいな。教え子が活躍している姿を見るとうれしいしね。

髙橋:頑張ってきて良かったなぁと思います(笑顔)。

先生:それでは最後に、鷗州の後輩たちに向けてメッセージをお願いします!

髙橋:先生も、私がこういうの苦手なの知ってて聞くんですよね(笑)。知ってる先生もたくさんいるので恥ずかしいですが…。あきらめるってすごく簡単だと思うんです。でも、コツコツ努力し続けて良かったなぁと思います。たぶん、あきらめるきっかけとか、タイミングは何回もあって、妥協しようと思えばいくらでも妥協できたけど、ちゃんと目標を持って、「絶対ここに行くんだ!」と思ってやり続けられたのは本当に良かったと思います。自分はそんなに頭が良いわけではないですが、努力し続けるという才能はすごいなって思います(笑)。後輩の皆さん、最後まで、自分が納得できるまで、後悔しないように頑張ることが大事だと思います。だから本当にあきらめずに頑張ってください!

先生:うん、後輩塾生のみんなにもそのことを伝えます。今日は本当にありがとう!髙橋さんも頑張ってね。

髙橋:はい(笑顔)!

2人:笑顔・笑顔・笑顔

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