『走り始めが一番しんどいですが、逃げずに頑張ってください』

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【教師】 黒谷 雅俊 ※現在、AICJ高校・鷗州ハイスクール広島駅前本校・岡山駅前校・開智学館で「英語」の授業を担当。
【生徒】 梶川 駿介くん 26歳(2012年7月当時)

梶川くんの通塾履歴】

  •  中3:鷗州塾徳山校に入塾。
  •  徳山高校理数科に合格!⇒進学
  •  高1~高3:鷗州ハイスクール徳山校に通塾。
  •  京都府立医科大学医学部医学科に見事現役合格!⇒進学
  •  現在、京都市立病院神経内科で専攻医1年目。

先生:久しぶり、かっち(梶川くんの高校当時からのニックネーム)!気づけば研修医の期間も終わったらしいね。

梶川:はい、2年間研修医として現場を経験し、今は神経内科の専攻医になりました。

先生:専攻医?

梶川:ほとんどの医学部では、大学生活を6年間過ごし、その後研修医としていろいろな科の実習をします。それが終わると、自分の進みたい科を決めて働くことになるんですが、そこからが専攻医と呼ばれるものです。

先生:神経内科って、どんな科なの?

梶川:脳梗塞や、脳炎・パーキンソン病などの患者さんの内科的治療などをしています。

先生:そうなんだ。何で神経内科を選んだの?

梶川:僕が言うのもなんですが、神経内科はまだまだ発展途上の科で、日々患者さんと触れ合いながら新たに分かることがあったり、新たな症状を経験したりすることがあるんです。今僕が担当している患者さんの中にも、なかなか他に症例のない方がいらっしゃいます。日本は、特に「脳」の分野では発展途上の国なので、逆に僕もこの科だったら、一生懸命頑張ればいつか自分が患者さんのために「新たな何かができた」っていう一歩が残せるんじゃないかと思って選びました。また、「脳」というところは、手術そのものが難しい場合も多くありますので、より多くの患者さんの苦しみを緩和できればという気持ちもありました。

先生:かっちのそういう姿勢は、昔から変わらんねぇ。何か自分にしかできないことを追求したいっていう熱い考え方は、かっちの真骨頂よね。日々の仕事はどうなの?

梶川:寝ている時以外はずっと仕事と勉強をしています(笑)。土日もやっぱり患者さんのことが気になるので、ほとんど病院に出ています。仕事以外でする趣味とかは、本当になくなりました。神経内科というところでは、投薬などによる治療ももちろんですが、患者さんとのコミュニケーションがすごく大切なんです。例えば、癲癇(てんかん:脳細胞のネットワークに異常な神経活動が起こり、突然意識を失ったり、けいれんを起こしたりする)などの病気は、症状が出ている時間帯が限られますし、その間は患者さんに意識がない場合もあります。また、神経内科に来られる患者さんの中には、完治が難しい方も少なくありません。そういう方は、お薬の治療だけではなく、日々自分が病気と向き合っていけるような考え方なんかも、一緒に作っていかないといけないんです。なかなか理解していただくのが難しい方もいらっしゃるので、いろいろな患者さんとの経験を生かして、コミュニケーション能力を向上させるようにも気をつけています。

先生:コミュニケーションと言っても、自分より年上の患者さんも多いだろうし、患者さんと直接話ができない場合には、ご家族の方になるわけでしょ?

梶川:そうなんです。神経内科の難しいところは、多くの場合退院されたあとも、自分の管理でお薬を飲んで治療を続けていかなければならないところなんです。普通は、元気になれば治療をやめたくなりますし、お薬を飲むのも面倒に感じてきます。僕らが病院できちんと患者さんに分かりやすい説明をし、時間をかけて患者さんに納得していただいたり、理解していただいたりした分だけ、病院を離れたあとも上手に病気と付き合ってもらえます。また、ご家族の方にも、不安やリスク、また今後のことについて丁寧に説明をして、必要以上の不安を感じなくて済むようにすることで、患者さんと一緒に病気と戦い、付き合えるようになっていけることを、研修医・専攻医をしながら学ぶことができました。

先生:コミュニケーション能力を磨くことは、高校の時から良い友人が多かったかっちには、向いてるかもね。

梶川:鷗州では、共に頑張る気持ちを共有し、一緒に勉強できる友人に恵まれました。みんなと上手に競い合いながら頑張る姿勢は、塾で学んだ部分が大きいと思います。

先生:じゃあ、これからのかっちの夢を聞かせてくれる?

梶川:まず、専攻医をあと2年やったあとは、だいたいどの大学の医学部生も大学院に進学して、2年~4年を研究にあてます。特に神経内科はこれからの分野でもありますし、研究には徹底的に打ち込もうと思っています。もちろん、臨床もバイトなどをしながら、腕を磨くことになります。

先生:大学院が終わるころには、30代前半から中盤ってこと?その後はもう病院勤務になるんだよね。

梶川:いえいえ、そのあとは最低でも2年間くらい留学しようと考えています。大学院を終えても、脳という分野ではまだまだ新米です。きっと海外だったらもっと患者さんにしてあげられるであろう治療が、今のままではできません。僕もこの分野の本場であるアメリカに留学して、さらに知識を磨きたいと思っています。

先生:え、かっちって英語話せたっけ?

梶川:研究論文が全部英語なんですが、今はそれを読むので精いっぱいです。でも友人の中には、大学に入ってから自分の時間を使って勉強し始めて、今では英語がペラペラに話せる人もいます。医学を究めるために、「英語が話せる」ということは本当に大きいです。自分も時間を作り、英語を鍛えるつもりでいます。

先生:まだまだ勉強は続くね。つらくない?

梶川:自分がこの分野で何かを残そうと思ったら、これくらいは僕でなくても普通ですよ。患者さんのためにも、40歳までには一人前になりたいです。

先生:じゃあ最後に、後輩たちにメッセージをお願いします。

梶川:僕は、今考えると、進路を医学部に決めたのも、京都府立医科大学に進学したのも、考え抜いた上での結論ではなかった部分…つまり甘い部分がたくさんあったように思います。ただ、高校生の段階で、専門的なことをすべて理解して進路を選ぶのは、かなり難しいのではないでしょうか。一番大切なのは、「進路が決まらないから頑張れない」といった逃げの部分に走ってしまわないことだと思います。進路がなかなか決まらなくても、そばで頑張る友人の姿勢など、励みになるものはたくさんあります。それぞれの分野・進路の面白みというのは、それをある程度専門的に学んでから分かるという部分もありますし、実際僕も、今している仕事のことは高校生活の中では想像もしていなかったです。まず、興味のあること・好きなことというレベルで良いので、それをきっかけにして、早く走り始めてほしいと思います。大学入試もそうですが、物事の根源や、逆に最先端を知れば知るほど、面白さは分かるようになってくると思います。走り始めが一番しんどいですが、逃げずに頑張ってください。

先生:立派になったねぇ。次はいつ帰ってくるの?

梶川:9月あたりに、広島に行こうと思っています。

先生:絶対連絡ちょうだいよ。またぜひ話を聞かせてね。

梶川:こちらこそ、社会人同士の話ができるようになったのが、すごく楽しいです。よろしくお願いします。

2人:笑顔・笑顔・笑顔

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